人生のどこかで「もっと自由に旅をしたい」と思ったことはありませんか?
ある日、そんな想いを70代で実行に移したひとりの女性に出会いました。
──3年間、クルーズ船で世界を旅しながら“暮らす”という生き方。
その選択に触れたとき、思わず自分たちの旅の記憶や、できなかった小さなことまで思い出しました。
この記事は、そんなひとりの“自由を生きる人”に出会った記録です。
75歳、3年間を船で暮らすという選択|こんな自由な人がいる
ある日、とある海外の記事を読んで、思わず妻に声をかけた。
「こんな人がいるよ!」
記事の主役は、アメリカ・カリフォルニアに住む75歳の女性、シャロン・レーンさん。高校教師として長年生徒と関わってきた彼女は、退職後に“船で暮らす”という人生の再設計を決めた。
それも、3年間。世界中を巡るクルーズ船で、身ひとつで、ひとりで。
「3年間のクルーズ」なんて本当にあるの?
そもそも、クルーズってせいぜい100日程度の世界だと思っていた。
実際、日本でも有名な「飛鳥Ⅱ」や「ピースボート」の世界一周クルーズは、およそ90日〜100日が一般的だ。
だからこそ、3年というスケールには素直に驚いた。しかも、それに“ひとりで”乗り込もうとした人がいるなんて。
このクルーズが特別だったのは、単なる移動手段ではなく、“暮らす場所としての船”という発想で設計されていたこと。ホテルでも住居でもない、海の上での生活。それが“旅”として成立している世界。
そんな生き方を現実に選ぼうとしている人がいる。それがまず、驚きだった。
わたしたちの小さな後悔
彼女のように船で暮らすような旅とまではいかないけれど、
実はぼくらも新婚旅行で7日間のクルーズに出かけたことがある。
そのとき、あとになって「やっておけばよかったな」と思ったのが、朝の船上散歩だった。
朝のまだ人が少ないデッキを、ぐるっと歩いて、海風を感じながら一日を始める──
きっと、それはたった7日間でも、“暮らすような旅”の気配を感じられたはずなのに。
「旅の時間って、長さじゃなくて、どう過ごすかなんだな」
ぼくらの小さな後悔も、彼女の自由な選択も、どこかでつながっている気がしてならなかった。

クルーズで暮らす。そんな生き方があったのか
彼女が申し込んだのは、トルコ・イスタンブールから出航し、3年間で世界中の港をめぐる壮大なクルーズだった。
「終日航海日がいちばん好きなんです。船がただ海を進んでいる、それだけでわくわくするんです」
行き先よりも、流れる時間そのものを味わいたい──shisan-tabiが大切にしてきた、“旅の本質”に触れた気がした。
その身ひとつで乗り込む準備
彼女は、所持品の95%を売却した。選んだ部屋は最も安価な「バーチャル・インサイドルーム」。窓はないけれど、船外の映像を映すスクリーンがあるという。
「これで十分。部屋は寝る場所で、日中は船の上を歩いて過ごすから」
海を眺め、寄港地を歩き、孫たちの写真をキャビンドアに貼って日々を過ごす──そんな彼女の姿を想像して、こちらまで温かい気持ちになった。
旅は、年齢や常識の“外側”にある
彼女は、すぐには家族にこの旅のことを伝えなかったという。
「やめるように説得されたくなかったから」
自由を選ぶには、少しの孤独と、少しの勇気がいる。
でも、それを引き受けてでも、自分の意思で生きること──それが本当の「自由」なのかもしれない。
shisan-tabiの視点|こんな自由な人がいる
旅にはいろんなかたちがある。彼女のように、「旅を暮らしにしてしまう」生き方は、やっぱり憧れる。
私はその日、彼女が乗る予定のクルーズ船の公式サイトを探し、航海スケジュールのPDFを開いた。そこには日本の港の名前もいくつか記されていた。
「このおばあちゃん、日本でも下船して、楽しんでくれたらいいな」
旅に“完璧なタイミング”は来ない
彼女は、こうも語っていた。
「私はいつも完璧なタイミングを待っていたの。お金があるとき、健康なとき、周囲と予定が合うとき…。でも、そんな理想の瞬間なんて、結局一度も来なかったのよ」
だからこそ、今、旅に出るのだと。
この言葉がずっと心に残っている。
私たちもまた、「そのうち」を積み重ねていないだろうか。
結び|旅は、出発した気持ちに価値がある
旅とは、出発したことだけに意味があるのではない。
出発しようと思った、その気持ちそのものが、人生にとってかけがえのない資産になる。
このブログで最初に紹介したかったのは、まさにこんな自由な人の話だった。


旅のプランニングと資産設計を通じて、自由な人生を構造的にデザインすることを追求中。
50歳での早期退職を目指し、世界一周航空券での長期旅を本気で準備しています。
思想・構造・実践──人生を支える「資産としての旅」を記録・発信中。